普段感じている悩みや疑問をAll Right(オーケー・大丈夫)にするための情報発信サイトです。

縁起の意味や由来をわかりやすく解説!仏教での意味はなに?

十二縁起や十二因縁とは?「縁起を担ぐ」の意味を教えて!

縁起がいいとか縁起を担ぐと現代でも頻繁に使う「縁起」という言葉ですが、そもそもこの縁起とは一体何なのでしょうか。

今回は縁起とは何か、由来や意味をわかりやすく解説し、仏教における縁起の意味、その言葉に連なる十二縁起や十二因縁についても記載して参ります。

直ぐにでも周りの人に伝えたいちょっとした知識になります!

スポンサーリンク

縁起の意味や由来をわかりやすく解説

縁起とは仏教用語であり由来も仏教にあります。

しかし、大衆に広がることで本来の使われ方ではなくなってしまった言葉でもあるのです。

辞書で意味を調べると、縁起は「物事の吉凶の前兆」という文章が最初にくるようになっており、いわゆる縁起を担ぐとか縁起が悪いという言葉に繋がると解説しているのです。

それ以外にも縁起には寺社仏閣の起源や由来を意味することもあり、それを記した「信貴山縁起」なども縁起に当てはまるようです。

そして、仏教的には縁起とは「因縁生起を略したモノ」となります。

仏教における縁起とは「すべてのモノは因縁により生起する」という意味があり、経典にも「一切法は因縁生なり」と記載されているのです。

もっとかみ砕いて説明してしまうと、縁起とは「因縁生起を略したモノ」で万物はすべて因縁で成り立っているのだから、「よい結果がほしければ、よい行いをするべきで、悪い結果が嫌ならば、悪い行いをやめるべき」という教えに繋がる言葉となっていると考えてください。

もっと本格的に記載すると、仏教用語だらけになってしまい理解するのが困難になってしまいますので、よくわからなかったという人は仏教用語における縁起は「物事の吉凶の前兆」ではなく「よい結果がほしければ、よい行いをするべきで、悪い結果が嫌ならば、悪い行いをやめるべき」教えに基づく言葉と覚えておきましょう。

仏教での縁起の意味

仏教的における縁起とは「因縁生起を略したモノであり、すべてのモノは因縁により生起する」という意味になるでしょう。

仏教用語における縁起とは万物すべてのものが因縁によって生じており、どんなモノでも因と縁がそろってはじめて結果が生じると考えられています。

また、仏教における「因」は「直接的な原因」を表し、「縁」は「間接的な原因」という意味があるのです。

仏教の世界ではこの「因縁」の考え方に基づいて「縁起」という言葉を用いており、その真理は「良い行いをすれば良い結果が帰ってきて、悪い行いをすれば悪い結果が帰ってくる」となり、大切な仏教の教えの一つとなり、この因縁の考え方がこの世の真理としてとらえているのです。

仏教では廃悪修善という言葉があり、これは「よい結果がほしければ、よい行いをするべきで、悪い結果が嫌ならば、悪い行いをやめるべき」という意味があり、大切な教えとなっているのです。

万物すべてモノが因縁によって生じているという考え方を仏教では「因縁果(いんねんか)の道理」と表現し、この因縁果の道理こそが「縁起」という意味になるのです。

十二縁起や十二因縁の意味

縁起をわかりやすく解説すると因縁果の道理に繋がるのですが、この縁起をより掘り下げて言ったものも長い仏教の歴史の中には多数存在します。

その中でも有名なのが十二縁起改め十二因縁です。

十二縁起

十二縁起とは煩悩が発生するメカニズムを表したモノです。

仏教における煩悩とはこの世の苦しみの原因と考えており、十二縁起はこの苦しみの原因が「身体の感覚器官と心理作用を12に分解して表したモノ」となります。

具体的に記載すると、それらは無明・行・識・名色・六処・触・受・愛・取・有・生・老死の12個であり、これらがグルグルとサイクルすることで因果関係が発生して苦しみが生じると考えられています。

かみ砕いて説明すると、無意識のうちに識別する心と体によって煩悩が形成され、それに五感が加わって煩悩が明確に発生してしまい、心理作用が輪っかのように連鎖して煩悩の発生するというメカニズムとなります。

十二因縁

十二因縁は十二縁起の別名であり、意味は一緒です。

他にも、十二縁起は十二有支や十二支縁起や十二支因縁と表現されることもありますが、基本的には意味は一緒なので区別する必要は無いでしょう。

それらをひっくるめてすべてが煩悩が発生するメカニズムであり、苦悩の根源を絶つために12の条件を系列化したものとなります。

「縁起を担ぐ」の意味

縁起を担ぐという言葉は現代での縁起の使われ方において代表的なもので、現代的な縁起の意味である「物事の吉凶の前兆」とか「前ぶれ」とか「きざし」という言葉から発生しております。

「縁起を担ぐ」の意味は「良い結果につながるための準備」となるでしょう。

昨今でわかりやすいのはスポーツ選手がルーティンを色々と取り入れて実戦しているところで、これが一種の「縁起を担ぐ」行動として扱われているのです。

フィギュアスケートの羽生結弦選手が演技を始める前にする十字を切るポーズもこのルーティンに該当しますし、ラグビーが大人気になる先駆けとなった五郎丸選手のキック前に行う特徴的な指を揃えるポーズも有名でしょう。

これらも一種の縁起を担ぐ行動となります。

良い結果を得るために行われる準備なのです。

「縁起がいい」「縁起が悪い」の意味

「縁起がいい」とか「縁起が悪い」という言葉も、現代的な縁起の意味である「物事の吉凶の前兆」とか「前ぶれ」とか「きざし」という言葉から発生しているのです。

つまり、「縁起がいい」という言葉の意味は「何か良いことが発生しそうな様子」となりますし、「縁起が悪い」という言葉の意味は「何か悪いことが発生しそうな様子」となるでしょう。

仏教の縁起は因縁果の道理に基づいたモノであり、「よい結果がほしければ、よい行いをするべきで、悪い結果が嫌ならば、悪い行いをやめるべき」という廃悪修善の教えが重視されているので、現代の縁起の使い方とは異なっています。

仏教における縁起は「良い結果を得るための準備」ではなく、「良い結果を得るために良い行いをする」という考え方になりますので、その違いは理解しておきましょう。

仏教に対する理解が深い人達は、その日の吉兆を表す六曜とか選日を否定的にとらえている人も多いので注意しましょう。

仏滅などは仏教用語ではありませんし、仏教宗派の浄土真宗の開祖である親鸞も残された著書において「日の吉凶を見ることは良くない」ときっぱり否定しているという情報もあるので、日の吉凶には否定的な見方がされてしまうようです。

まとめ

以上、いかがだったでしょうか。

今回は縁起とは何かを記載しました。

縁起とは仏教用語では「よい結果がほしければ、よい行いをするべきで、悪い結果が嫌ならば、悪い行いをやめるべき」という考え方が根本にあるので、昨今の縁起の使われ方と大きく異なっています。

個人的にはこの考え方はかなり納得できますので、因縁果の道理をしっかりと把握した上で心に留めて生きていきたいと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました