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毘沙門天様の意味や由来や読み方は?見た目の特徴や見分け方は?

毘沙門天様にはどんなご利益がある?ご真言を教えて!

今でも大人気の戦国時代において特に人気のある上杉謙信ですが、その上杉謙信が篤く信仰していたとして知名度が上昇したのが毘沙門天です。

今回はこの毘沙門天様に注目し、その意味や由来や特徴、そしてご利益やご真言や祀っている寺院についての情報をまとめてまいります。

毘沙門天とはどのような存在なのかを詳しく知りたい方には役立つ情報満載です。

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毘沙門天様の意味や由来は?

毘沙門天はインド神話における「ヴァイシュラヴァナ」に該当する武神であり財宝の神であり信仰の対象です。

仏教においては多聞天という別名もあり、東方の持国天・南方の増長天・西方の広目天・北方の多聞天とそれぞれが帝釈天に使える四方の方角を守る四天王に該当しております。

ゲームや小説や漫画などに使われる四天王は多聞天を含めたこの四天王からきているのです。

インド神話における「ヴァイシュラヴァナ」は戦いの神というよりも財宝神としての側面が強く、中国に仏教が伝達した過程で武神としての信仰が誕生し、現代に通じる四天王の側面が出てきたといわれております。

「ヴァイシュラヴァナ」の漢字への音写が「毘舎羅門」であり、こちらが変化したことで毘沙門天になったとされ、多聞天という言葉は「ヴァイシュラヴァナ」の意味である「よく聞く所の者」を用いた言葉とされています。

密教においては四天王ではなく十二天に該当しています。

仏教や神様にあまり興味がないという人でも、戦国時代の最強の武将の一角として超有名な上杉謙信が毘沙門天の生まれ変わりとしてふるまったというつながりから名前だけは知っているという人も多いでしょう。

現在20代や30代の人たちは上杉謙信が登場するゲームで毘沙門天について知ったという人もいると思います。

ちなみに、上杉謙信が深く信仰した毘沙門天像は「泥足毘沙門天(どろあしびしゃもんてん)」と呼ばれており、この仏像は上杉景勝の代になって会津や米沢に移動するタイミングで一緒に移されたとされています。

ただし、江戸時代が終わって廃城令が発せられると米沢市にある上杉家廟所に謙信の霊柩が移動され、泥足毘沙門天像は米沢市の法音寺に移りました。

時代の経過や火災による影響が激しかった泥足毘沙門天像は昭和の時代に修復されましたが、その時分身仏を作成されているのです。

この分身仏が春日山城跡にある毘沙門堂に寄贈されているようで、今ではこのお堂が本尊となっています。

毘沙門天と多聞天の違いについて

毘沙門天と多聞天は同一の神様ですが、毘沙門天と多聞天という呼び方があります。

この呼び方の違いは実は使い分けが可能で、四天王の一つとして安置する場合は多聞天という呼び方をして、独立した像として扱うときは毘沙門天という呼び方をするのです。

毘沙門天は四天王としても有名ではあるのですが、独立した像としての信仰が非常に盛んで毘沙門天という名前のほうが圧倒的に有名になっているのが実状です。

毘沙門天様の読み方

毘沙門天の呼び方は「びしゃもんてん」で、多聞天の呼び方は「たもんてん」です。

毘沙門天を書けといわれると難易度が高く感じてしまいますが、読むだけならばかなり簡単なのですぐに覚えられるでしょう。

毘沙門天も多聞天も確実にパソコンやスマートフォンで変換できる単語なので、すぐに確認できるのも個人的にはうれしいです。

見た目の特徴や見分け方

日本で武神として扱われている毘沙門天は、武神としての佇まいになっている仏像が多いのですが、毘沙門天の姿をかたどるルールというのがほとんど無く、いわゆる戦うための神様という姿が毘沙門天という特徴になっています。

仏敵を打ち据えるための「宝棒」や「宝塔」を持った姿が多いという情報もありますが、京都の三室戸寺にある毘沙門天像は宝塔がなく片手に三叉戟を持って片手を腰に当てている姿もあるので、定義があやふやです。

財宝神としての側面が強いチベット仏教では金銀宝石を吐くマングースを持つ姿という情報もありますし、中国では緑色の顔で傘と銀のネズミを持った姿で表現されているという情報もあります。

このように多種多様な姿を見せていますので姿から定義するのは難しく、とりあえず名前を聞いて判断したほうがいいでしょう。

どんなご利益がある?

毘沙門天は財宝の神様でもあるので財宝の神様に即した加護やご利益もありますし、日本では四天王として北を守る守護神としての側面、戦いの神様としての側面もあります。

それらを含めた加護やご利益があるのです。

具体的に記載すると商売繁盛・金運上昇・勝ち運上昇・厄除け・武運長久のご利益があるとされます。

武運長久は「武運長久を祈る」という使い方をする言葉で、意味は「武人としての命運が長く続くこと」となり、戦国時代を題材とした物語では登場しやすい言葉となります。

七福神の中にいる毘沙門天は戦いの神としての側面よりも、財宝の神様としての側面が強く出ているといわれていますが、戦国時代では上杉謙信以外にも征夷大将軍である坂の上の田村間も、のちの天下人である豊臣秀吉、上杉謙信と並ぶ最強とされることが多い武田信玄、最終的な勝者であり我慢の人徳川家康にも先勝祈願された神様といわれているのでそちらのイメージのほうが強い人もいるでしょう。

毘沙門天様のご真言は?

毘沙門天の真言は「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ」「オン・シチロクリ・ソワカ」です。

仏教における真言はサンスクリット語のマントラに該当し、「仏の真実の言葉」とか「秘密の言葉」という意味があり、呪術的な語句として用いられます。

祀っている寺院はどこ?

毘沙門天は聖徳太子が信仰したとされる神様で、日本の毘沙門天信仰発祥の地は奈良県と大阪府の間にある生駒山地の信貴山朝護孫子寺といわれております。

ここが毘沙門天信仰総本山になっているのです。

他にも民間の毘沙門天信仰の発祥の地とされている京都の鞍馬寺でも祀っておりますし、他にも法隆寺や清凉寺にも祀られています。

関東では江戸三大毘沙門天が有名で、正伝寺と浅草正法寺と善国寺で祀られているのです。

徳川家康が寺領を受けて鎮護山善国寺として始めた寺院であり、このことからも徳川家康が毘沙門天を信仰していたということがわかります。

他にも静岡県の妙法寺や岩手県の成島毘沙門堂など全国に毘沙門天を祀るお寺が存在します。

まとめ

以上、いかがだったでしょうか。

今回は毘沙門天に関する情報をまとめました。

毘沙門天は日本でも非常に人気のある神様であり、四天王の一柱という側面よりも、独立した神様としての扱いが非常に多くなっております。

多聞天という言葉になじみがなく、今回の紹介で初めて聞いたという人もいたでしょう。

毘沙門天についてちょっとでも詳しくなりたいという人は、多聞天という別名があり四天王の一柱で北を守っているという言葉もセットで覚えてください。

クイズで出ることも多いです。

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